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interview

漆の”ぬりもの”が
もたらす豊かさについて

塗師
赤木明登さん

編集者という仕事から塗師(ぬし)へと転身した赤木明登さん。
高級漆器として知られる輪島塗だが、赤木さんは日用品として
使ってほしいという思いから、あえて“ぬりもの”と呼んでいる。
そして、古作のなかにある美しさのDNAをつかみ、
その美しさを未来につなげている。
木々に囲まれた工房で器がもたらす豊かさについて聞いた。

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  • どうして塗師になろうと思ったのですか?
    編集者の仕事を始める前から、物書きでもなんでも、自分の手でしっかりしたモノを作る仕事をしたいと思っていました。素材は金属でもガラスでも陶器でも良かったのです。たまたま、漆と出会いました。それに、23歳の頃に角偉三郎さんの作品と出会ったのも大きかったですね。「モノであるにも関わらず、生命力に溢れていて、活き活きとして、力強い。そういうものを作る人がいる」と知り、角さんを訪ねて輪島に来て、お酒を飲んでいるうちに塗師になりました。僕は漆のことは知らなかったし、見たこともなかったのですけど。ただ漆の魅力だけに引き寄せられて来てしまいました。
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  • 漆の“ぬりもの”の魅力は、どのようなものでしょうか?
    お椀の形は平安時代につくられました。その頃から人間の暮らしはずいぶん変わり、道具も変わってきました。しかし、器の作り方・形・使われ方は変わっていません。日本のもっとも基本的な暮らしを支えてきました。日本は器を手で持ち、口をつける文化です。中国や韓国で漆器が廃れてきましたが、日本で残っているのは、触れる文化があったからです。
    実は、漆というのはとても不思議な素材で、ガラスのように硬度を維持しながら、しなやかさや温かみを併せ持っています。それには科学的な根拠があって、漆の膜が分子レベルで水の分子を取り込むのです。そして、人間の手やくちびるは鋭いセンサーを持っていて、自分の水分量に近いものを心地よく感じます。そういう素材だから、 “ぬりもの”を使うと、料理を心地よく、美味しく感じるのです。
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    奥羽三段重箱(左)/透漆を用いて、うっすらと下地の朱色と領域を重ねる黒
    奥羽汁椀(右)/マットな質感でありながら艶めかしく、しんなりと吸い付くような手触り

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  • 赤木さんの“漆器”のテーマを教えてください。
    いまだに、僕の自慢はオリジナリティが無いことだと考えています。近年、「オリジナリティを大事にしなさい」と言われて、個性や新しさが評価されてきました。オリジナリティとは起源。作り手に起源があることが重要と言われています。でも僕は、そうは思いません。漆器には1万年の歴史があります。僕の作るものに、僕の起源があることは重要ではありません。過去の歴史にある美しさを、いかに自分のなかに取り入れていくかが重要だと考えています。
    近年、誰もが形を吟味しなくなり、形が崩れてきたと感じています。近代デザインが主流となるなかで、機能や用途を重要視して、器が持っている歴史や意味を切り捨ててきました。しかし、器の本質は精神性や美しさや憧れにあるのです。そして、そういうものは器に残っています。同じ形のなかで、髪の毛一本分のラインを動かすだけで、器の形は無限に変化していきます。
    だから僕は、古作を写しながら、その形の意味や由来を考え、一番いい形を突き詰めていくことを大切にしています。色についても、僕の目指す黒は白い黒です。黒の中で最も一番いい黒を探しています。その作業は、宇宙の中である一点を見つけ出すくらいに自由で、自由だけど混沌として恐ろしい世界。そういう世界のなかで、色や形を延々と追求していく。僕が器のDNAをつかむことで、過去から現在までがつながり、未来につなげていけると考えています。
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  • 美しい漆器やモノが暮らしにもたらす価値とは、どのようなものでしょうか?
    漆器と言うと、ピカピカで蒔絵があり、手入れに手間がかかるというイメージですが、僕の作るのは、“ぬりもの”。日常で使うものです。強度を持っていて、10年くらいは耐えるように工夫しています。そして、古い形を残しながら、現代の住宅において、いかに美しく見えるかを考えています。
    昔の日本家屋であれば、陰翳礼讃的な空間で、艶やかな漆器が映えていました。しかし、白い空間が好まれる現代では、漆本来のマットな艶が美しく感じられるのです。「ひとつの器でも世界を変えられる」。少し大げさですが、ひとつの器が暮らしを豊かにする、ご飯を美味しくする。そう考えています。
    少し昔は、町内にそれぞれ職人がいて、使う人の身の丈にあった道具を作っていました。最近では、作り手の顔が見えるモノは、日常から消えてしまいました。無理をする必要はないのですが、作り手がわかるモノだったり、心を動かすようなモノを1点でも自分の身近に置いておけば、それを起点に暮らしが豊かになっていくと思います。
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    工房にて。同じ機能や用途のものが簡単に手に入るようになった今にあってこそ、
    高い精神性を持って生まれてきたものが必要だと赤木さんはいう。

profile

赤木明登さん
赤木明登さん
塗師。1962年生れ。中央大学文学部哲学科卒業。編集者を経て、1988年に輪島へ。輪島塗の下地職人・岡本進のもとで修業、1994年独立。以後、輪島でうつわを作り、各地で個展を開く。ドイツ国立美術館「日本の現代塗り物十二人」に選ばれるなど海外でも高い評価を受けている。著書は、『美しいもの』『名前のない道』、(いずれも新潮社)。
WEBサイト
http://www.nurimono.net

information

形の素
形の素
塗師・赤木明登氏をはじめ、陶芸家・内田鋼一氏、鍛金師・長谷川竹次郎氏らの骨董コレクションを80枚余の美しい写真で掲載。ものの形はどこからきて、どこへ向かうのか?つくり手ならではの視点で書かれたテキストから「形」の起源へと迫る。2014年12月出版(美術出版社)



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