□唐津市□伊万里市跡(佐賀県吉野ヶ里町・神崎市)広々とした階段を登り切った高台に吉野ヶ里歴史公園のゲートがあります。佐賀県の東部、筑後川の水田地帯を見下ろす丘陵に、およそ2,300年前に人々が暮らした集落が再現されています。その頃、海岸線は今よりずっと内陸まで入り込み、吉野ヶ里の遠景には有明海が広がっていました。朝鮮半島や中国大陸との交流により、それまでの狩猟採集生活から、稲作による食料の自給手段を得て、農耕・定住生活の場としての「邑□」が誕生します。こうして、弥生時代の幕開けは、豊かで安定した生活を獲得する一方で、食糧の蓄えを緒に貧富の差による争い事の始まりでもありました。豊かになった吉野ヶ里の邑も、やがて防御のために濠と土塁が周囲を固める環濠集落へと、その姿を変えてゆきます。広々とした遺跡公園を歩くと、復元された物見櫓や木柵のシルエットが目を引きます。一見ノスタルジックな風景には、技術革新がもたらす格差社会の魁を見るようでもあり、吉野ヶ里を舞台とした栄枯盛衰は、ここを訪れる私たちに、「ただ春の夜の夢のごとし」と語っているかのようです。せきよしのがりい野吉□●吉野ヶ里遺跡佐賀県M-02ミサワホーム総合研究所一級建築士、土地区画整理士、インテリアコーディネーター世界各地の伝統的建築とその集落を訪れ、多くのインスピレーションを受ける。現在は住宅地の計画や景観デザインのコンサルティングを通して、将来にわたり豊かで快適な暮らしと魅力あるまちなみ景観の創造に取り組む。大谷宗之ヶ里遺14Vol.
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