2010「武士の家計簿」製作委員会
幕末を舞台に、加賀藩の会計係として仕えてきた猪山家の人々の日常をあたたかにユーモラスに描いた作品。思わず笑ってしまうような家族のやりとりや、時が経っても忘れられない親子喧嘩の記憶、子を思う親の気もち…ささいなことでも家族にとってはかけがえのない日々の出来事がていねいに描かれる。
2010年12月4日(土)より全国ロードショー
監督:森田芳光
出演:堺雅人、仲間由紀恵、松坂慶子、中村雅俊、草笛光子ほか
「武士の」と頭につくけれど、この映画に斬り合いのシーンは出てこない。舞台のほとんどは、家の中。剣の代わりに活躍するのは、そろばんだ。主人公は、幕末の加賀藩を生きた「御算用者」。いまでいう経理担当である実在の人物・猪山直之が残した家計簿や日記が、この物語のもとになっている。家計簿は、日々の暮らしの記録。ささやかだけれど愛おしい家族の日常が、そこから見えてくる。
たとえば、掛け軸の見える座敷に座り、家族が集まる食事時。直之の父がいつもの自慢話を始めると、直之と祖母が絶妙なタイミングで明るく話を逸らす。それを見て直之の母と妻が笑う。互いのクセをよく知った、家族ならではのやりとりがあたたかい。
映画の中心にあるのは、猪山家の財政難を乗り切る、直之の潔い采配だ。家財のほとんどを手放し、倹約につとめる一家。食事で残ったあさりの貝殻で将棋をするなど、ちょっとした遊び心が楽しい。直之の妻お駒≠ヘ言う。「貧乏だと思えば暗いけれど、工夫だと思えば面白い」。時代劇ではあるけれど、この映画の監督は「いま」を映し続けてきた森田芳光。これは、財政難の時代を生きる現代の私たちの物語でもあるのだ。
やがて時は移ろい、明治の足音が近づいて、猪山家のメンバーも変わっていく。幼かった直之の息子も成長し、御算用者として父の後を継ぐ。けれど時代は変わっても、一家はいつもの座敷で食事をし、こざっぱりとした土間の台所で家族のお弁当をこしらえる。そんな様子を見ていると、ふと気づかされることがある。家というのはそもそも、親子代々たいせつに住み続けるものなのだということ。御算用者としての誇り、家族の日常に溢れる当たり前の愛情。親から子へ―すべては「家」とともに受け継がれていく。
文◎多賀谷浩子(映画ライター)