© 2002 『阿弥陀堂だより』製作委員会
黒澤明に師事し、黒澤作品の数々に参加してきた小泉堯史監督の2002年の作品。心を患った妻とその夫が、信州の山里でいとなまれる昔ながらの暮らしの中で、健やかな心を取り戻していく。自然と共にある人間本来の死生観や人と人とのつながりが美しく描かれ、"おうめさん"を演じる北林谷栄の持ち味が映画を深くやさしく照らしている。
『阿弥陀堂だより』
監督:小泉堯史
出演:寺尾聰、樋口可南子、北林谷栄、小西真奈美ほか
『阿弥陀堂だより』
発売元:アスミック
販売元:角川書店
\4,935(税込)
映画『阿弥陀堂だより』を見ていると、夏の暑さや街の喧騒を忘れ、爽やかな風が吹き抜ける、どこか懐かしい日本の原風景へといざなわれる。この映画の舞台は、信州の山里。緑深い山の上に建つ、茅葺き屋根の小さな家は、それだけで絵になる佇まいだ。
寺尾聰、樋口可南子演じる一組の夫婦がこの味わい深い家に越してくるところから、映画は始まる。東京で優秀な医師として働いていた妻・美智子はある時から心を患い、ゆるやかな生活を求め、小説家である夫・孝夫と共に、この土地へとやってきたのだ。
この家へ辿り着いた二人が、縁側に座り、眼下に広がる家々を見渡す場面。心を風がすーっと通り抜けていくような穏やかさに、見ているこちらの心もほどかれる。 二人を最初に迎えてくれるのは、近所に住む96歳の"おうめさん"。「90を過ぎたら、人が言ってくれる年が、自分の年だと思うことにしている」というおおらかでユーモラスな彼女のあたたかさに、夫婦はほっとやさしい表情になる。
おうめさんは「阿弥陀堂」と呼ばれるお堂に暮らしていて、ここから見渡せる山々の様子がすばらしい。四季折々の表情を見せる信州の山里で、季節の移ろいと共に暮らすおうめさん。その様子を見ていると、私たちは多くを求めているようで、本当に大切なことは実はそう多くはないことに気づかされる。都会では迷いがちな心が、自然と共にある暮らしの中では、過不足なくたしかに思われるのはなぜだろう。その答えを映画の全篇が、ゆったりと見せてくれる。
角を挟んで障子を開け放てば、家の中にいながらにして、外とつながっているような感覚をおぼえる昔ながらの家。遠い昔から続いてきた命のいとなみを思わせる家は、私たちにとって心地よい暮らしをやさしく思い出させてくれる。
文◎多賀谷浩子(映画ライター)