© 2013「舟を編む」製作委員会
2012年の本屋大賞第1位に輝いた三浦しをんのベストセラー小説の映画化。無数に広がる言葉の海から一語一語をすくいとり、「今を生きる辞書」を作ろうと打ち込む辞書編集部員たちの日々を描く。松田龍平演じる主人公が一途な思いを寄せる女性を宮浮おいが演じている。監督は『川の底からこんにちは』の石井裕也。
『舟を編む』
監督:石井裕也
出演:松田龍平、宮浮おい、オダギリジョー、小林薫、加藤剛ほか
『舟を編む』
DVD:3,990円(税込)
ブルーレイ:4,935円(税込) 発売中
発売元:アスミック・エース 販売元:松竹
映画『舟を編む』は1995年から始まる。ここが重要なところで、当時は今ほど携帯電話もパソコンも普及していない時代。15年の歳月をかけ、1冊の辞書を作る人たちを描いたこの物語の中でも、編集部員たちの作業はアナログだ。印象的なのが「用例採集カード」というもの。何か新しい言葉に出合うと、部員たちは小さな手帖大のカードに、その言葉の用例を書きこむのだ。そして、編集部員のひとりである松田龍平演じる主人公・馬締光也(まじめみつや)は、そのカードをいつも鉛筆で書く。その様子が、人に思いを伝えるのは苦手だが、辞書作りへの熱い思いを秘めた彼の誠実さを表しているようで、印象に残る。
そんな馬締が暮らすのも、誠実さの伝わる木造家屋だ。「早雲荘」という昔ながらの下宿屋の玄関を開けると、正面に木の階段が目に入り、その脇には時々ネジを巻き直さなければいけない柱時計がかかっている。タイル張りの台所や洗面所も、どこか懐かしい。大家のタケおばあさんと馬締の間柄も、少し前の時代を思わせる当たり前のあたたかさに満ちていて、大学院で言語学を専攻していたという彼の、パソコンデータではなく分厚い本の資料が所狭しと積み上がっている書斎も、どこか心を落ち着かせる。
デジタル全盛の現代、この映画はすべてがアナログだ。一語一語手作業で言葉を集めていく辞書作りも、一歩一歩育んでいく馬締と周りの人たちとの人間関係も。変人と言われながらも、どこか憎めない馬締の辞書作りへの情熱が、映画の全篇を静かに支配していて、そんな彼の心の内を表すピアノの調べが心地いい。アナログなあたたかさは決して派手ではないけれど、ずっと心に残る。長く世に残る辞書がそうであるように。
文◎多賀谷浩子(映画ライター)