2014年は、美人画で知られる竹久夢二の生誕130年・没後80年にあたります。これを記念して、竹久夢二の筆跡をコレクションしました。東京の竹久夢二美術館、岡山の夢二郷土美術館、金沢湯涌夢二館、竹久夢二伊香保記念館にそれぞれ取材し、全面的な協力を得て、夢二直筆のスケッチ、手紙、日記など豊富な資料から12ヵ月を編集・構成することができました。夢二は単なる画家におさまらず、むしろグラフィックデザイナーの草分けの一人として活躍した人でした。セノオ楽器の楽譜、「若草」「令女界」また少年、少女向け雑誌の装幀、千疋屋、三越などのPR誌、ポスターデザインなど実に幅広く数多く手がけていたことがわかります。大正3(1914)年には「日常生活の中に美術を」のテーマを掲げ、自らのブランドショップ「港屋絵草紙店」を東京・日本橋に開店。商品企画からデザイン、店の装飾、広告文案までも自ら行いました。大正12(1923)年、日本の商業美術に新風を吹き込もうと「どんたく図案社」の設立宣言をした矢先、関東大震災に襲われてしまいます。晩年ようやく念願の洋行を果たし、アメリカを始め、ヨーロッパ各国を約2年3ヵ月間にわたり巡りました。ベルリンではバウハウスのマイスター、ヨハネス・イッテンの創設した美術学校で日本画の講師を務めました。常に時代に先んじて生きた希有のクリエーター、竹久夢二の筆跡をお楽しみください。
1月 | 「春・はる」 | 『令女界』第8巻第4号(昭和4年1月号)にサトウハチローの詩と共に載った女性像 |
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2月 | 最愛の笠井彦乃宛手紙 | 大正6年2月18日の夜と19日の朝、京都二年坂の家で書かれた手紙 |
3月 | 親友堀内清宛はがき | 城が島のスケッチに「なんしろはやく外国へゆきたい」と書かれている(大正3年) |
4月 | 「野球のスケッチ」 | 夢二のスケッチブックより(大正後期) |
5月 | 「誕生の為に」(大正11年) | 歌人西出朝風の三女の誕生を祝うのし紙のために |
6月 | 堀内清宛はがき(明治43年) | 女性像に「見はてぬ夢の花」と書かれている |
7月 | 「雛によする展覧会ポスター」(昭和5年)「竹久夢生展覧会ポスター」(昭和6年) | 自ら絵を描き、レイアウトした展覧会ポスター |
8月 | 「夏柳」(大正初期) | 「あのひともないてわかれた…」の短歌が添えられた柳 |
9月 | 「ベルリンの婦人」(昭和8年)ベルリンで描いた「水竹居」(昭和8年) | 日本画の講師をしていたベルリンで描いた婦人像 |
10月 | 「港屋開店記念風呂敷」(大正3年) | 夢二が描いてデザインした開店記念風呂敷 |
11月 | 友人恩地孝四郎宛はがき | 明治44年10月3日、夢二27歳の自画像と猫入りはがき |
12月 | 『どんたく絵本1』 | どんたく絵本のクリスマス編 大正12年12月21日初版(金子書店) |