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2026.10.01
写真提供:国立極地研究所
※南極で撮影された写真はすべて国立極地研究所提供
1956年に日本を出発した第一次隊の派遣によって、幕を開けた日本の南極観測事業。70年におよぶ活動では、フロン規制につながったオゾンホールの発見や、氷床コアの解析など、地球環境の解明に向け世界トップクラスの成果をあげてきた。
当時の南極は「暴風雪が吹く極寒の地」程度の情報しかない未知の世界。そんな中、居住棟、本屋棟、無線棟、発電棟の4つの建物を建設したことから観測の歴史が始まった。
この昭和基地の建設を、半世紀以上にわたりサポートし続けているのがミサワホームだ。これまで延べ約6,700㎡・37棟をサポート(建設中の夏期隊員宿舎を含む)。過酷な環境下での活動を足元から支えている。

過酷な自然環境下である南極で、数々の輝かしい観測実績をあげた南極地域観測隊。幾多の困難を乗り越えてきた70年にわたる挑戦の歩みを、当時の写真とともに振り返る。

1957年1月に南極に到着した1次隊。隊員たちは出発時に水杯を交わしたという。まさに決死の覚悟の挑戦だ。
悪天候のため南極から連れ帰れなかったタロとジロ。一年後に感動の再会を果たした物語は映画やドラマでも有名。
数十万年にわたって堆積した氷床を掘削したアイスコアには、過去の地球環境の情報が保存されている。
有害な紫外線を遮るオゾンの異常減少「オゾンホール」を世界で初めて観測。
海氷を砕いて進む機能を備えた南極観測船「しらせ(初代)」。歴代で最多の南極渡航回数を誇る。
越冬隊の生活拠点、管理棟。採光のための天井ドームは基地の象徴となるべくデザインされたもの。
太陽熱集熱パネルが建物壁面に設置された自然エネルギー棟。2011年度グッドデザイン賞を受賞。
建設中の夏期隊員宿舎。これまでの南極建築の技術を結集した昭和基地最大規模の建物になる予定。
「南極の建物にはさまざまな厳しい条件が求められ、それらを満たすのが木質パネルのプレハブ建築だった。第8次隊で『恒久的な建物にして欲しい』との要望が出て、日本大学が工業化手法による良質な木質パネルを設計し、ミサワホームが下請けを担当。第10次隊からミサワホームに直接発注することになった」(平山氏)
日本大学名誉教授
平山善吉
南極地域観測隊に第一次から第三次まで隊員として参加。