


バウハウスと日本との意外な関係を考察
100年ほど前、14年間の活動期間にもかかわらず、いまでもその精神やデザインが共感されるバウハウス。実は日本からの影響もあると言われている?デッサウ・バウハウス財団学術研究員のトルステン・ブルーメ教授を招き、昨年10月30日―11月1日の3日間・計6回にわたる講義とワークショップが、桑沢デザイン研究所(東京都渋谷区)で開催された。ミサワホームは、バウハウスのリーフレットを教材として提供した。
初日となる30日の午前には、「How Japanese is the bauhaus?(バウハウスに息づく日本の精神とは?)」と題する講義が行われ、約100名の学生が聴講した。バウハウスが日本の伝統的な工芸や建築、芸術から受けた影響や、バウハウスが日本の近代芸術やデザインに与えた影響について深く考察した。
同日午後のワークショップでは「Metallic Spirits(金属に宿る表現性)」というテーマで、かつてオスカー・シュレンマーらがバウハウスの舞台で実践した「金属ダンス」の再解釈を試みた。金属やガラスといった素材の性質を観察、分析し、いかにして人間の身体表現へ昇華させるかを学生とともに探求した。
翌31日の午後に行われたワークショップには、約120名が参加。1925年―1926年頃のバウハウスのマイスターによるコラージュ作品と、同時代の日本で花開いた「大正ロマン」と呼ばれる文化の中で生まれた広告作品との間に、意外な相関性を見出すという試みだ。
ブルーメ教授による講義後の実習では、学生たちが20のグループに分かれ、講義で学んだバウハウスの造形感覚と大正ロマンの情緒を融合させながら、コラージュ作品の制作に意欲的に取り組んだ。
ブルーメ教授は同日提供したリーフレット内のインタビューにおいて、バウハウス創設者で建築家のヴァルター・グロピウスや他の多くの教師や学生が日本の建築やデザイン、芸術に魅せられて熱心に研究していたことを紹介している。
「彼らは特に日本文化における精緻な職人技、素材の簡潔さ、そして芸術的表現の統合が全体として調和のある文化に結実していることに強い印象を受けた」。
「バウハウス・デッサウ校舎のカーテンウォールの窓の構造は伝統的な日本家屋の長方形の窓構造や障子窓と類似しているし、特にマイスターハウス(教員住宅)の平坦で広く張り出した屋根やテラスも日本建築の片持ち梁式屋根や縁側を想起させる」と語る。
モダンデザインの源流であるバウハウスに影響を与えたのが日本文化という驚きと、日本に影響を与え続けるバウハウスというユニークな関係性は、目からウロコではないだろうか。
ちなみに1922年には彫刻家、美術家で批評家の仲田定之助がワイマールのバウハウスを訪問し、1925年にはバウハウスの理念と詳細を紹介した。その後、日本からも水谷武彦や山脇巌・道子夫妻、大野玉枝らがバウハウスへ留学し、日本のデザインや造形教育に影響を与えることになる。
10月31日と11月1日には夜間学生を対象にしたワークショップも開催された。
今年はバウハウス・デッサウ校の開校100周年。その記念の催しが予定されている。ミサワホームの新CMのテーマも「バウハウス」。今年はバウハウスに改めて注目が集まりそうだ。


ミサワホームのリーフレットが教材として提供された

バウハウス×ミサワホームのスペシャルサイトはこちら。バウハウスのCM映像も見ることができる
