トップ - HomeClub特集 / ライフスタイルを考える - 100年後もまちに残る未来の住まいと暮らし
2020.11.10
――新型コロナウイルスの出現は、暮らしを一変させました。この状況は、これからの住まいづくりも変えていくのでしょうか。
山﨑 確かに暮らしは変わりました。けれど、そこでの多くの課題は、実はみんなが以前から薄々感じていたことです。たとえば職住の問題。リモートワークのような柔軟な働き方は以前から推し進められていましたが、住まいの中にそのための快適な環境がありませんでした。そうした課題が、この機に一気にあらわになったというのが今の状況です。
――人のつながりの大切さをあらためて実感している人が多いのも、同様のことといえますね。
山﨑 目の前の変化に建築が応えていくのはもちろん大切です。けれど、建築とは50年、100年という歳月に耐えるもの。状況が変わったからといって私たちが大切にしてきたものまで変えてしまうという考え方は、少し違うのかなと感じています。むしろ、時代が変わっても変わらない普遍的な価値をあらためて掘り下げる。それが必要かもしれません。
山﨑 今ある社会のニーズに応えようとすると、つくり手は便利なモノをつくろうという発想になってしまいます。それは目の前の状況に対してはとても便利でも、別の状況では融通が利かないといったことに陥りやすい。現代は価値観も多様化していますし、成熟した価値観をお持ちの消費者も多い。そう考えると、便利なモノを届けるのではなく、住まう人にどうやって使い方をゆだねるか、そこを考えることが大切だと思います。
――山﨑さんが手掛けた「未完の住まい」でも、その考え方が大切にされていますね。暮らし方の変化に合わせて、使い方を自由に変えられる住まいです。
山﨑 自由に変えられる空間といっても、何もない一部屋を差し出すわけにはいきません。そこが設計の難しいところであり、設計者として腕を問われる部分です。
――こんなふうに住んだら楽しい。そんな気づきのヒントがさりげなくちりばめられた空間なら、住む人の発想を刺激して、暮らし方や楽しみ方の可能性をさらに広げてくれそうですね。
山﨑 そうした建築を考えるうえで、いくつか大切なテーマがあります。その一つが、人間の身体感覚です。例を挙げるなら、室内の温熱環境。オフィスビルの設計の場合、多くの人にとって快適な環境は、室温26℃、湿度40~60%とされています。ですが、「快適」の感じ方は人によって千差万別。空調が不均質だとしても状況によっては許容されるのではないかという考え方もあります。たとえば、空間の一部を26℃に、別の一部は28℃にしながら外気が感じられる状況をつくれる設計とする。人が自分の快適さに合う場所へ移動することになりますが、それは不便ではなく「価値」になるわけです。
――若い人たちの間でもアナログレコードに人気が集まるなど、あえてひと手間かけることを楽しんでいる方が増えています。これも身体感覚で味わう楽しさですね。
山﨑 身体感覚は楽しさや心地よさの重要な鍵ですよね。同じ26℃でも、空調と自然の風とでは、感じる心地よさが違います。そうした感じ方は、時代が変わっても、変わることのない大切な価値です。それをどうやって建築に織り込むか。これからの建築にとっての大切なテーマですね。
――人によって異なる多様な価値観や心地よさを大切にできること。その答えの一つが、使い方を自由に変えられる住まいなのですね。
山﨑 100年後の未来を断言できる人はいません。どんな状況や価値観にも応えられる自由な住まいが、これからは必要かもしれませんね。
――本日はありがとうございました。