トップ - HomeClub特集 / ライフスタイルを考える - 時代を超えて住み継ぐ持続可能な住まい
2021.11.16
―― 今の日本の住まいには、どのような課題があるのでしょうか。
藤原 課題は山積みです。たとえば住み継ぐことが難しいという問題もその一つ。ほとんどの家が子どもに受け継がれることなく、世代ごとに消費されています。
仁木 原因の一つは変化に対応できないことでしょう。住む人が変わるとニーズに応えられなくなり、ハードだけが残ってスクラップ化してしまう。
藤原 愛着の問題もありますね。かつての日本の暮らしでは、大晦日に家族みんなで障子を貼り替えたりなど、住まいに手を入れることがふつうに行われていました。そうした行為は、家に対する愛着にもなっていたと思います。
仁木 モノの寿命は、耐用年数の問題もありますが、使う人の愛着によっても左右されますね。愛着が深いほど、大事に長く使っていこうという気持ちになる。
藤原 昔の日本家屋は柱や壁も位置を変えても大丈夫という造りだったから、ちょっとだけつくり替えて長く使うということが容易でした。けれど現代の住まいは、改築と建替えのギャップがとても大きい。相談する相手も違います。改築は知り合いの大工さんに、建替えはハウスメーカーのショールームに行ってという感じで。ハウスメーカーが、かかりつけのお医者さんのように、もっと幅広い相談を受けられるようになることが必要かもしれません。
仁木 ライフスタイルや社会の変化に合わせて柔軟に変わっていける可変性は、使われなくなった住まいを社会のインフラとして有効活用するための鍵にもなりますね。
―― 住み継ぐことは、ミサワホームの大切なテーマの一つでもありますね。
仁木 この対談場所であるミサワホームのコンセプト住宅「グリーン・インフラストラクチャー・モデル」も、住み継ぐことを重要なテーマの一つとしてデザインしています。たとえば高い可変性を持たせた1階の大空間「マルチステージ」は、内装を取り除けば一つの大空間となります。現在は地域に開放できる「コワークスペース」空間として提案していますが、オーナーのライフスタイルの変化に合わせて、貸店舗や賃貸住戸、二世帯住宅など用途や活用法をさまざまに変えられることを想定しています。
藤原 「多機能」は、住まいの大切な要素ですね。私は京都の街並みが好きなのですが、良さの一つは職住一体の街であること。昔は家で仕事をすることが当たり前で、町屋と呼ばれる古い建物も、そこで暮らしたり働いたり、いくつもの機能を担っていました。親が働く姿を見て育った子どもが、将来は職人になったり、料理人になったりと、住まいがそのきっかけを与える存在でもありました。
仁木 住まいが人を招くことを前提につくられていて、人と人をつなぐ役割も担っていた。これも現代の住まいから失われつつあるものです。人と人が助け合える社会にしていくためには、程よいつながりが大事ですし、そのなかから社会性が育まれたりもする。人がつながる住まいづくりは、未来につながるものだと思います。
藤原 けれど誰でも招き入れるわけじゃないですよね。この人ならと選んで招くわけです。その場面に触れた子どもは、親がどんな人を信頼し、人をどう大切にしているかに気づく。親の本当の姿を知る機会にもなる。住まいはそんなふうに、心を開いて人を招く場所であることが大事だと思います。
―― その家でどんな暮らしが営まれ、家族がどんな絆を育むのか。「住まいの記憶」は、住み継ぐための愛着にもなりそうですね。
藤原 かつての日本には「蔵」という文化がありました。「蔵」は記憶の貯蔵庫といえるもの。世代を超えて伝わるものが子どもの感性を育て、住まいの奥ゆきを深くしてくれる。「蔵」のある家は、壊されずに永く住み継がれます。
仁木 最近増えているトランクルームは、ある意味で、街の「蔵」といえるかもしれませんね。
藤原 ただし、「蔵」のような美しさはないですよね。日本人にはいろいろな美徳があります。たとえば一人ひとりが街をきれいにしようという意識。「蔵」や門構えを美しくするというのは、街の美しさにもなっています。
仁木 街が美しくなると、街への愛着も深まりますね。
藤原 防災の観点からも「蔵」は有効です。江戸時代の東京では、かなりの割合で大火災が発生しており、「蔵」は家に伝わる大切なモノを守ってくれていました。
仁木 「蔵」は地域のための備蓄にも活用されていましたね。
―― IoTなどの新しい技術については、どうお考えですか。
仁木 便利一辺倒な世界を求めるのではなく、その技術が使う人にどんな価値をもたらすかを考えることが大切です。たとえば、井戸まで行って水を汲むのはとても面倒だけれど、そこに集まった人同士のコミュニケーションを育みます。不便だけれど別の利益をもたらす「不便利」といえるものです。そうした選択肢が用意されることが望ましいと思います。
藤原 便利なだけだと、人は怠惰になってしまいますよね。たとえば、床を自分の手でしっかり磨くことを大切にして、その行為で自分がきちんと生きているという実感を得る人がいます。その人にとっては、お掃除ロボットにゆだねた瞬間、その実感が失われてしまうかもしれない。一方で、時間のない共働き夫婦や、身体的な理由で掃除が難しいという人にとっては、お掃除ロボットはとても意味のある便利さをもたらしてくれる。自分にとって本当に大切なことが何なのか。それを見極めたうえで便利さを享受できるための環境を整えるという意味でも、選択肢があることは大切ですね。
―― その他、環境問題も住まいづくりの課題のひとつですね。
藤原 環境問題は、結局は時間軸をどこで区切るかというフレームの問題です。環境にやさしいといわれるクルマも、生産から廃棄まで考えると、多くの資源を使っている。実は一番いいのはクルマに乗らないことですが、それでは社会が成り立たない。人間が負う責任は限定的で、その範囲のなかで最大の貢献を行うというのが環境問題に対する現実的な姿勢です。建築でいえば問題は壊すことにあり、長持ちしていつまでも使い続けられる家を建てることが最大の環境貢献だと思っています。
―― 高い可変性を備えた住み継げる家は、家族の記憶や文化を伝承し、人と人をつなぐ社会のインフラとして活用でき、環境問題解決にも貢献するということですね。本日はありがとうございました。
ふじわら・てっぺい
建築家。
建築だけでなく、現代アート、彫刻、パフォーミングアーツなど領域を越境した活動を展開。人間的な新しい都市計画を個から実現するための探求を行っている。主な受賞に、横浜文化賞 文化・芸術奨励賞、日本建築士会連合賞奨励賞、東京都建築士会住宅建築賞など。
にき・まさき
ミサワホーム(株)商品開発部チーフデザイナー。一級建築士。
同社の新商品のコンセプト構築、企画開発、モデル棟の建設などに携わる。デザイナーズ住宅の新しいつくり方を提案する「INTEGRITY」をはじめ、「GENIUS 蔵のある家(防災・減災デザイン)」などを手掛ける。