トップ - HomeClub特集 / ライフスタイルを考える - 落合陽一さんに聞くテクノロジーが住まいにもたらす「新しい自然」の心地よさ
2021.08.11
実業家、研究者など、多彩な分野で活躍中の落合陽一さん。超音波でモノを空中に浮かせる技術や、その応用によって何もない空間にスクリーンをつくり出して映像を映す「発明」などの実績から、落合さんを「現代の魔術師」と呼ぶ著名人も少なくない。最新テクノロジーの研究をしている落合さんにとって、「住まい」とはどんな存在なのかをうかがった。
「朝7時から深夜2時過ぎまで仕事場にこもっているのが僕の毎日です。仕事場と住まいが一緒になったような生活をしているんです。その空間には、仕事道具が揃っていて、適当に寝られるソファがあれば十分という考えだから、僕の住まい論はあまり参考にならないと思いますよ(笑)」そう言って笑う落合さんだが、子どもの頃に暮らした実家にはたくさんの思い出があり、自分という人間を形成する過程でとても大きな影響を及ぼしたと語る。
「当時の実家は広い地下室のある4階建ての建物。その地下室が、僕の一番の活動場所でした。難解な本やクラシック音楽のレコードがたくさん並んでいて、僕は幼稚園の頃から、そこでクラシックを聴きながら勉強していたんです。中学時代は夏休みの自由研究でカビの培養をしたんだけど、ある程度の湿度があって、大量のシャーレを並べておける広い地下室は、そんな研究にもぴったりだった。大学時代はもっぱら電子工作をする場所でした。実はちゃんとした研究室で研究をするようになったのは、大学院の博士課程を出た後のこと。それまでは実家の地下室に入り浸りだったんです」
ご両親がやりたいようにやらせてくれたこともあり、地下室で興味の対象に没頭する時間は、今も落合さんが大切にしている「何かに集中することの喜びや楽しさ」を覚えるきっかけになったという。「考えてみたら、地下室の中で自分を囲んでいたものが、そのまま今の仕事につながっている感じがありますね(笑)」
そんな落合さんに、一般的な日本の住宅について感じることを聞いてみた。
「アートを飾る場所がほとんどないという不満ですね。空間の広さの問題もあるし、そもそもアートを置ける設計になっていない。とはいえ、小さなお子さんのいる家庭だと、モノがすぐ壊されますからね(笑)。アートを飾るなんて難しい。日本では20代後半から30代でローンを組んで家を買い、そのまま定年後も住むというスタイルが多い。つまり、子育て環境を考えて家をつくるから、子どもが独立しても、アートを飾るような空間は作りにくい。ゆとりを得るためには、ライフスタイルの変化に合わせて住み替えたり、空間を自由に変えていける可変性を備えた住まいが必要ですよね」
今回インタビューを行った場所は「ミサワパーク東京」(東京都杉並区)の新たな展示棟「グリーン・インフラストラクチャー・モデル」。21世紀の住まいがめざすべきモデルとして、ミサワホームがデザインした近未来の住まいだ。
この展示棟には、落合さんが代表取締役CEOを務めるピクシーダストテクノロジーズ株式会社の技術が活用されている。その一つは、2階のLDK(コネクテッドリビング)に採用されている超音波スピーカーを用いた音響システム。同社が開発した超音波スピーカーの特長は、従来のスピーカーのように音源が一点にあるのではなく、超音波の焦点をつくることで何もない空中から音を発生させられること。たとえば鳥のさえずりを流せば、まるで森のあちこちから聴こえてくるような響き方にすることができる。そのため、空間に実際以上の広がりを与えるという効果が得られる。
空間を実際以上に広く感じさせる工夫は、日本の伝統的建築でもさまざまな手法で行われてきた。だが、それは視覚効果に頼ったもの。今回の技術のように、「聴覚」で空間を広く感じさせるという発想は、今までにない新しいものだ。「鳥の声や水音などは、ずっと聞いていられるし、聞くことでリラックスもできます。鳥の声を聞いていたいのなら森で暮らせばいいという人もいるけれど、それは違いますよね。現代人には、身近に鳥がいない都市生活の中で、さえずりを聞きたいといった欲求がある。その価値をデジタル技術で叶えているのが、この音響システムといえますね」
たとえるなら、造花がそれに近い発想だといえる。人工物でありながら自然の色や形に近く、人の暮らしに潤いを与えてくれるものだ。
「デジタルテクノロジーやソフトウェアの進化に伴い、その手法で表現される人工物の解像度も飛躍的に上がっています。かつては当たり前のように区別していた人工物と自然物の境界も、どんどん曖昧になっている。それは人・モノ・自然・計算機・データが接続されて脱構築された新しい自然です」
落合さんはその世界観を「デジタルネイチャー」という言葉で表現する。技術的にはきわめて新しいが、大事にしていることの一つは、昔から変わることのない人が感じる心地よさや心のゆとりだ。「自然をコントロールできることもデジタルネイチャーのメリット。わかりやすい例を挙げるなら、風鈴。風が吹くと涼しい音色を奏でてくれるけど、ずっと風が吹いているとうるさいですよね。自然環境下では風をコントロールできないけれど、デジタルを活用すれば風を必要としない風鈴がつくれる。つまり、自然を快適にコントロールした状態をつくれるわけです」
同社では、車椅子の自動運転技術や難聴者の方に光と振動で音楽を届けるデバイスなど、デジタル技術によるさまざまな社会課題の解決をめざすプロジェクトに取り組んでいる。安全、安心、心のゆとりや心地よさ。そうしたものをもたらしてくれるデジタルネイチャーは、これからの私たちの住まいをどのように変えてくれるのだろうか。なんだかワクワクしてくる話だ。
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
代表取締役CEO
落合陽一
おちあい・よういち 2015年東京大学学際情報学府博士課程修了 (学際情報学府初の短縮終了)。博士 (学際情報学)。日本学術振興会特別研究員DC1、米国Microsoft ResearchでのResearch Internなどを経て、2015年から筑波大学図書館情報メディア系助教デジタルネイチャー研究室主宰。2017年からピクシーダストテクノロジーズ株式会社と筑波大学の特別共同研究事業「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を筑波大学内に設立し、デジタルネイチャー開発研究センターセンター長および准教授として着任。専門はCG、HCI、VR、視・聴・触覚提示法、デジタルファブリケーション、自動運転や身体制御。World Technology Award 2015 (IT Hardware) ほか受賞歴多数。